こんにちは。JJです。
今回は、元プロ野球選手・長嶋一茂さんの奥さんである長嶋仁子(ひとこ)さんを取り上げます。
仁子さんは一般の方なので、2人が結婚した当初やごく一部を除いては、仁子さんが表舞台に顔を出す機会はほとんどありません。
そのため、素性や経歴が謎に包まれているんですね。
現在では、夫・一茂さんが設立した個人事務所『ナガシマ企画』の社長を務めていて、多忙な毎日を送っているとのこと。
バリバリのキャリアウーマンなんですね!
社長という現在の立場でも裏方に徹しているため、やはり、仁子さんについては多く語られてないというのが現状です。
今回は、謎に包まれた長嶋仁子さんの素性に迫ってみました!
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長嶋一茂の嫁は鹿児島出身の薩摩美人!嫁の豪快なエピソードとは・・・
さっそく、仁子さんの経歴を見ていきましょう!
まず、仁子さんの出身地ですが、鹿児島県のようですね。
学歴に関しては、地元の高校を卒業したらしいのですが、詳しい高校名までは特定できませんでした・・・
ちなみに高校ではバレーボール部に所属していたらしいですよ。
どうやら、地元の高校を卒業後に上京して東京で働いているうちに一茂さんと出会ったみたいです。
気になる年齢なんですが、1967年生まれという情報から、現在は48歳なのではないかと思われます。
仁子さんの経歴なのですが、この程度の情報しか出回ってなかったんです 苦笑
これだけでは未だに謎の人物のままですねw
詳しい経歴などはわかりませんでしたが、仁子さんの性格に関する情報はキャッチしました!
仁子さんの性格を一言で言えば、それはまさに“豪快”で”底抜けに明るい”というところでしょうかw
豪快で明るいとは、まさに薩摩の国の人という気がしますね!
仁子さんは何でも笑い飛ばしてしまう性格のようで、これに一茂さんが救われたという話があるんです。
実は、一茂さんは過去にパニック障害を抱えていたことがありました。
それは2人が結婚した時から既に発症していたそうです。
結婚生活も順風満帆とはいかず、前途多難なものだったとそうです。
何気ない日常の一幕でも、一茂さんは『死にたい・・・』と口にすることが多かったらしいですね。
そんな一茂さんを見て妻の仁子さんは次のように発言しました。
『死にたいなら死んじゃえばいいじゃない』
傍から聞くとこれはただの暴言に見えますよね?w
でも、この言葉には『人はいつか死んでしまうのだから、好きなように生きなさい』という全く逆のメッセージが込められていたんです!
一茂さんも仁子さんの真意を汲み取ったようで、この一言で目が覚めたと語っていました。
一見すると荒治療のように思えますが、仁子さんだからこそ成し得たことなんでしょうね!
鹿児島生まれは伊達じゃないようですw
衝撃の事実・・・仁子さんの過去が豪快すぎるw
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上京後に東京で働くうちに一茂さんと出会うことになるんですが、一体2人はどこで出会ったのか気になりませんか?
2人は当時仁子さんが勤務していたお店で出会うのですが・・・
実は、仁子さんが働いていたお店というのが、銀座にある高級クラブ『ドルフィン』なんです!
そう・・・仁子さんはホステスとして働いていたのです。
これは超意外な事実ではないでしょうか?w
少なくとも私は月まで到達するほどの衝撃を受けましたが 苦笑
『ドルフィン』といえば、銀座のクラブの中でも1、2位を争うほどの超高級クラブです。
しかも、創業40年以上も続く老舗であり、銀座の夜の顔としても定着しているほど。
そんなお店で働けること自体すごいことですが、なんと仁子さんは当時のNo.1だったんです!
これにも驚愕しましたw
2人が結婚する際、長嶋茂雄さんが仁子さんのことを“苦労人”と表現していたことから、No.1の地位を築くまで血の滲むような努力をされたんでしょうね!
当時身につけた処世術がきっと今でも役に立っていることでしょうw
まとめ
今回は、長嶋一茂さんの妻・仁子さんについて取り上げました。
経歴については未だ謎の残る人物ですが、明らかになった事実に関しては相当な破壊力がありましたねw
ホステスは夜の世界というイメージが強いですから、世間一般には好意的に受け止められないことも少なくありません。
ですが、そこでありとあらゆる経験を積んだ仁子さんだからこそ、今の豪快な性格があるのかなと思います。
人生の酸いも甘いも知り尽くした仁子さんだからこそ、一茂さんもパニック障害を克服できたんだと思います。
仁子さんの言葉じゃなければ、あれはただの暴言ですからねw
まさに鹿児島県人と呼ぶにふさわしい豪快な仁子さんにはぜひとも家庭を牽引する要となって頂きたいですねw